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テクノポリスは、1982年から1994年まで徳間書店(後に徳間書店インターメディア)より発行されていたパソコンゲーム雑誌。通称はテクポリ。 == 概要 == === 創刊 === 1982年6月21日に月刊誌として創刊された。vol.1 1982年8月 創刊号では、雑誌を表す売り文句を「マイコン入門雑誌」〔また煽り文句として「日本初のマイコン編集マガジン!!」とも〕とし、パーソナルコンピューター(当時の呼称はマイコン)を核にしながらも、新技術全般、またSF小説まで扱う雑誌であった。vol.2 1982年9月 創刊第2号では「PLAY SCIENCE MAGAZINE」と名乗り始め、コンピューターグラフィックスを大きく取り扱うようになり、1982年10月 創刊3号ではウォーゲームを取り扱い、ゲームも特集し始めた。vol.4からは「MICOM BEGINNER'S MAGAZINE(マイコンビギナーズ マガジン)」と売り文句を変え、水着モデルの佐々木よしえを表紙に用い、CGを表示するプログラムを掲載。vol.5ではミンキーモモのCGを表示するプログラムを掲載すると同時に表紙に採用し、以後は若い女性芸能人と掲載プログラムのCGを表紙に用いることが多くなる〔なお、ここで言うCGプログラムとは、BASICプログラムで、画面に線を引いたり色を塗って、アニメなどのキャラクターを描画するもの。〕。 この頃までは、科学絡みの記事が多く、「ザ・アキバ」という秋葉原の紹介や、「ベェシッ君」というモンキーパンチの漫画も連載されたが、それらは整理ないし終了して、より若者向けのパソコン専門誌としての色彩を強めてゆき、「ナイコンでもわかる遊べる」を謳って〔ここでいうナイコンとは、まだパソコンを入手していない状態を指す言葉。例えば1983年8月号の目次。〕、各社から発売されていたパソコンの最新情報や、読者投稿のCGプログラム・ゲームプログラムなどを数多く掲載するようになっていった。黎明期のパソコンにおいては利用者のほとんどはプログラマであり、機械語プログラムの入門記事など硬派な記事も掲載していた。 1984年1月号から、売り文句を「ライトな時代でも遊べるパソコン入門αマガジン」と変え、徐々に市販のゲームなどを中心とした娯楽寄りの姿勢を強めていく。 1985年2月には、増大する投稿プログラムに対応するため、本誌以外にも別冊「プログラムポシェット」を発行し、読者から寄せられたプログラムを掲載した〔1987年3月には、テクノポリスとプログラムポシェットからMSX・FANが派生して創刊されている。MSX FANは、この流れを受けてプログラム掲載がかなり多い雑誌だった。〕。 この時代、目次などの挿絵に佐藤元を起用していた。キャラクターはMYという女の子と、『機動戦士ガンダム』のハロが元ネタである球状ロボットのパコがよく描かれた。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「テクノポリス (雑誌)」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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